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一枚岩のバンド、MUCCからヴォーカリストがついにソロデビュー。周囲に背中を押されてようやく重い腰を上げた男が、アルバム2枚同時リリースにこだわった理由

「うちの社長に『やってみようよ』って言われたから重い腰を上げたというか(笑)。

そもそもバンドだけでもいっぱいいっぱいなのに、ソロなんて……みたいな」

バンドマンはおおむね2つの種類に分けられる。ひとつはバンド以外の活動に興味を持つことなく、骨を埋める覚悟でバンドに〈操(みさお)を立てる〉タイプ。もうひとつはソロやサイドプロジェクトでガス抜きすることによって、バンド本体の活動を円滑に進めようとする〈浮気も芸の肥やし〉タイプ。どっちが正しいとかの話じゃなく、バンドマンなら自分がいずれかのタイプであるか自覚していることが多い。で、今回ソロデビューを発表したMUCCのヴォーカル・逹瑯は、間違いなく前者に当てはまるバンドマンである。理由は冒頭の彼の発言の通りで、24年近くMUCCというバンドのフロントを張ることが精一杯だったのと、もともとバンド活動において責任を背負うことや面倒なことからなるべく自分を遠ざけてきたから。これだけ長いキャリアを持っているにも関わらず、彼はMUCC以外に自分の居場所を作ることはなかったのだろう(イベント出演時にお遊びで作ったバンドは除く)。

そんな一見ものぐさで受け身なタイプの彼が、『=(equal)』『非科学方程式』という2枚のアルバムを同時リリースするというのは、やはり意外だし唐突な印象を受ける。しかし、完成したばかりの音源と、彼の話を聞いてみると、今回のデビューは彼にとって必然の行為であったように思える。

「自分からソロをやりたいと思ったことはなくて。ただ、けっこう前から『やらないの?』みたいなことは周りから言われて『どんな感じなんだろう?』っていう興味はあって。で、去年はコロナで少し時間ができたり、バンドからメンバーが抜けることになったりして、いろんなタイミングが重なったところに社長からの話もあり」

彼の発言を補足すると、永らく人生を共に過ごしてきたメンバーの脱退がソロをやるきっかけのひとつになったようだ。これまで一枚岩だったバンドからメンバーがひとり抜けることで、バンドはよりメンバーそれぞれの個性や主張が求められる。そのためにソロ活動を通じて、よりMUCCのメンバーとして強い個性を持つ自分になりたい。そういう思いが下敷きにあることが分かった。

「ソロをやるにあたって最初に考えたのは、リリース形態。予算との兼ね合いもあったけど、とにかく2枚同時にアルバムを出したかったんですよ。1枚は普通にソロアルバムとして、自分で好きに曲を書いたもの、それが『=(equal)』。もう1枚の『非科学方程式』は、いろんな人から楽曲提供してもらったアルバム。今まで自分と関わりのあった人に曲を書いてもらって、それを歌うっていうことをやってみたくて」

2枚同時にアルバムを作ること、もっと言えば複数のミュージシャンに楽曲提供を依頼すること自体、かなりカロリーの大きな行為である。自分からソロを「やりたい」と思わなかったバンドマンが、なぜここまで面倒かつ厄介なアルバムを作りたくなったのか。


「MUCCで自分以外のメンバーが書いた曲を歌ってきたけど、それをMUCC以外のところでやったらどうなるんだろう?って思ったんですよ。しかも、俺のことをよく知ってる相手が、俺が歌うことを前提に曲を書いてくれたとしたら、それってどういうものになるんだろう?っていう興味があって」

整理すると、今回のソロは逹瑯のことをよく知る友達やミュージシャン仲間によって進められている。さらにその中心となる人物が、逹瑯と10年以上の交友があり、近年ではデモ制作時のパートナーでもあるマルチプレイヤー・足立房文(exフジファブリック)である。彼は制作を取り仕切るだけでなく、予算管理からマネージメントまで担当している。今回のソロは逹瑯と足立のユニット的なプロジェクトであるとも言えるかもしれない。つまり、今回のソロは足立を始め、彼の「オトモダチ」で周りを固めたプロジェクトでもあるのだ。

「自分の24年間の音楽人生において、自分の好きな人、自分と関わり合いのある人――それは仕事でも仕事じゃなくても、自分と縁のある人とソロをやろうと思って。アルバムだけじゃなくて、ライヴも含めて全部をそういう人とやろうと思って」

以前、逹瑯が友達を集めてソロをやろうとしている、という話を聞いた時、正直いいイメージを持つことは出来なかった。友達と身内ノリで作った作品になるのではないか。音楽そのものより、楽しく仲間とやることに満足してしまうのではないか。ハードでシビアな向き合い方を常に求められてきたMUCCとは対照的な、伸びたゴムのように緊張感のないソロが始まることを危惧した。しかし――。


「変な話、『非科学方程式』は……いろんなバンドに自分が参加してるような感覚で。『=(equal)』は、ぶっちゃけ全部自分でケツを拭けばいいから好き勝手に作ったんですよ。全体のバランスも何も考えず。けど『非科学方程式』は、みんな友達とか後輩とか知り合いなのに、相手がどんな思いでこの曲を書いたのか?とか、この曲に自分はどんな歌詞を書けば相手の意図に応えられるのか?みたいなことばっかり考えてる自分がいて。つまり、MUCCでやってることと変わらないっていう(笑)」

作品を軸に彼の話を解説しよう。『=(equal)』は朋友・足立と二人三脚で作り上げた逹瑯自身のプライベートアルバム。MUCC以外の場所で曲を書いたこと経験がないだけでなく、自分のために曲を書くという行為自体が新鮮だったようだ。後述するが、初ソロの作品にふさわしい初々しさや青さに溢れたアルバムである。一方『非科学方程式』は、逹瑯が歌詞を手がけたものもあるが、曲自体はすべて彼とつながりのあるアーティストが書き下ろしている。そこにはお互いの関係性ゆえか、逹瑯からMUCCの看板を引きずり下ろすように、容赦ないほどに個性的かつ自己主張の強い曲が並んでいる。つまり彼はこの作品で「まな板の鯉」として、身を投げ出しているのだ。


「いろんな人とコラボすることが、どれも非科学的というか。理屈とかデータじゃ説明のつかないものだなって。どんな曲を俺が歌うことになるのか、それはもう相手に完全にお任せしたんで、めっちゃドキドキしました。こっちからお願いしたからには、それがどういう曲であっても『ノー』って言えないから(笑)」

そんなわけで『非科学方程式』は、友達ノリや内輪ウケどころか、音楽家たちとのバトルロイヤルの様相を呈したスリリングな1枚となった。楽曲提供アーティストはアルバムの概要欄を参照していただきたいが、どの楽曲も逹瑯との関係性に甘えることのない自己主張の強いものが並んでいる。聴きどころはいくつもあるが、個人的には彼の野太い声はラップが似合うってことを知れたのが面白かった。そしてまだ告知は控えられているが、彼とは縁の深いとあるアーティストが提供した楽曲も意外性に富んでいる。

「その人には……ダメ元でお願いしたら運よく曲を書いてもらえたんだけど、まさかあの人からこういうタイプの曲が上がってくるとは(笑)」

さらに『=(equal)』においては生形真一(ELLEGARDEN/Nothing’s Carved In Stone)やガラ(メリー)、そして事務所の後輩SORA(DEZERT)がゲストミュージシャンとして名を連ねる楽曲もあり、これだけの数のアーティストとのコラボを初のソロ作で実現させたバンドマンは他にいないだろう。そんな『=(equal)』というアルバムについて、彼はこう説明している。


「最初はもろJ-POPというか。もともとバンドサウンドをイメージして書いてないから、もっと歌モノになるかと思ってたら、何曲かはゴリっとしたものになって。シャウトとか絶対しない!って決めてたのに、思いっきりしてる曲もあって(笑)。たぶん……MUCCを意識しないで作っても、これだけ長いことやってきたバンドだから自分の身体に染みついちゃってるというか」

ヴォーカリストゆえ彼が志向する音楽には、シンガーソングライターだったり歌姫だったりと、歌に特化したポップスが多く、今作もそういったベクトルに振り切れたアルバムになるかと思いきや、そこは絶妙なバランスで成り立っているのが意外だ。つまりMUCCの反動やガス抜きで作られたアルバム、という印象は薄く、むしろ純粋に音楽と向き合うことで、彼のイノセントな部分がジャンルを飛び越えたところで露わになった作品なのだ。


「確かに……MUCCではあんまり出してない自分が出ているかもしれない。ここで書いた歌詞もそうなんだけど、40過ぎた今の方が、こういう『青い自分』を出せるようになったというか。10代でいろんな夢を見て、20代で現実を知り、30代で挫折したり諦めたりしてきたけど、今40代になって思うのは『もう一回夢を見てもいいんじゃないか?』ってことで。あと、バンドもメンバーが抜けたタイミングでもあるし、もう一回10代の頃の気持ちに返って、何かを取り戻そうとしてるのかな。『もっと子供に帰ろうぜ』みたいな(笑)」

3人兄弟の末っ子育ち。もともと甘ったれで子供っぽい性格だった男が、MUCCというバンドで揉まれまくり、それなりに大きな存在にもなった。けど、今でもずっと変わらない少年時代の自分を、多くの仲間たちの力を借りることで引っ張り出すことが出来た。そういうことなのだろう。1月から始まるツアーも、そんな彼の少年性が色濃く出たものになるに違いない。もちろんMUCCとは違うプレッシャーをステージで感じるかもしれないけど、音楽そのものを心から楽しんでいる姿を見ること出来るはずだ。

そして、最後にひとつネタバラシをすると、この2枚のアルバムのどこかで、ミヤとYUKKEの2人も関わっている。当初は予定になかったそうだが、成り行きで2人が参加することになったという。結局のところ、彼はバンドに操を立てる男なのだ(笑)。というわけで自分が生粋のバンドマンであることを自覚した彼の、照れ隠しのセリフで本稿を締めくくらせてもらおう。


「俺、全然バンドから離れられないんだよね。せっかくのソロだっていうのに(笑)」


Text by 樋口靖幸

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